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犯罪に対して悔悟しない人間はまったく救われない。

ブルバー・リットン 「リオンズの夫人-四幕一場」


犯罪に対する最大の動機は、罰を回避せんとする希望なり。

キケロ 「哲学談義」


犯罪者は犯罪のゆえに苦しまず。恥辱のゆえに、なされた愚行に対する立腹のゆえに、常習になったもののないことのゆえに苦しむ。

ニーチェ 「曙光」


狭き門より入れ、滅びにいたる門は大きく、その路は広く、之より入る者多し。

イエス 「新約聖書-マタイ伝七章十三節」


異教徒の徳は輝かしき罪悪なり。

アウグスティヌス 「神の国」


百の悪業に悩まされて自分の罪を感じてゐる悪人よりも、小善根を積んで己れの悪を認めぬ偽善家のほうが仏の愛にはもれてゐる。

倉田百三 「出家とその弟子」


社会は犯罪を培養し、犯罪者がそれを犯す。

バックル 「イギリス文明史」


罪から出た所業は、ただ罪によってのみ強力になる。

シェイクスピア 「マクベスー三幕二場」


罪とは、存在する代わりに創作し、ただ空想の中でのみ善と真とを問題にし、実存的には、それであろうと努力しないことである。

キェルケゴール 「死にいたる病」


罪の疑わしきは軽くし、功の疑わしきは重くす。

「書経」


罪は消極的なものではなく、積極的なものである。

キェルケゴール 「死にいたる病」


罪は種の法に対する個体の闘いである。

ピヒラー 「全集」


罪を憎みて罪人を憎まず。

セネカ 「書簡集」


罪を犯す人は罪の奴隷なり。

「新約聖書-ヨハネ伝八章三十四節」


罪を犯す者は、己れ自身に対して犯すなり。不正の人は、みずから己れを悪者にする意味において、己れの不正の犠牲者なり。

アウレリウス 「自省日記」


罪を理解する人々は徳とキリスト教を理解し、己れ自身と世界を理解する。

ノヴァーリス 「断片」


罪を知らざる者は真に神の愛を知ることは能はず、苦悩なき者は深き精神的趣味を理解する事は出来ない。罪悪、苦悩は人間の精神的向上の要件である。

西田幾多郎 「善の研究」


罪悪でありながら、その輝きや、その数や、その極度のために無罪となるものがある。それのみか、栄誉となるものすらある。だからこそ、公の盗みが有能と讃えられ、無法に諸州を奪うことが征服と称される。

ラ・ロシュフーコー 「道徳的反省」


罪業もとよりかたちなし、妄想顛倒のなせるなり心性もとよりきよけれど、この世はまことのひとぞなき。

親鸞 「正像末法和讃」


罰を正当だと思うのは、実際に罪の証拠を見せられ、自白せずにいられなくたったときだけだ。

シュヴァイツァー 「水と原生林の間で」


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